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2009-07-15

[2009-07-15]サガ

ドラクエが発売して、行き帰りの電車の中でもドラクエをやっている人を一日一回は見かけるようになりました。
自分の周囲でもやってる人が結構いるようです。
オタクだらけの職場なので、一般的な割合よりも購入率高そう。
私も買ったか聞かれましたが「DS持ってないっす」で終了。
秋には本体手元にあるんですけどね!でもしばらくはサガ専用機だしね!終わった頃にはドラクエブームも過ぎ去っていることでしょう。
みんなが共通の話題で盛り上がっているのを見てちょっと気にはなるし、ショップでPVから国歌が流れると懐かしさに心が揺れたりもするんですが…
サガ関連商品の予約に10万を超える金額をつぎ込むことには何の躊躇もない。
8月と9月のカード引き落とし額も、今は忘れよう。
しかし、今のドラクエを買う5000円は躊躇してしまう、これが分からない。

そして12日も過ぎ、メンバーズのサガ曲投票、U:サガを「天翔ける翼」に投票しなおそうかと思っていたのですが「予定通り」忘れてました。とりあえずでもと忘れないうちに一通り投票しておいてよかったです。

さて。
先日ジャンプでまた新キャラが発表されました。
今回のリメイクの正式タイトルを聞いたときに考えていて結局ずるずると語りそびれたままだったことがあるのですが、今回の発表でまた似たような心理を抱いてしまいました。

「サガ2 秘宝伝説 GODDESS OF DESTINY」

運命といえばロマサガのデステニィ(ディステニィ)ストーンなわけで、このタイトルを聞いたとき、前回の新作がロマサガ1のリメイクだったこともあり、正直「また運命っすか」と思ったわけです。
「サガシリーズ」って、ロマサガ1以外「運命」や「神」という単語に結びつくイメージがありません。
「サガ」シリーズの世界観って、基本的に「神の存在しない世界」ですよね。

例外として、ロマサガ1は神話時代から現代まで、神が民衆の生活にも意識にも深く根付いている世界で、第1作目の魔界塔士にも世界を作った存在として「神」が一応存在はしましたが、偶然にもその2作は両方ともに、ラスボス=最終的に倒すべきものとしても神が定義されている。

「神」という存在ですら人に滅ぼされ死ぬ、絶対的な存在ではないというのはこれもまたある意味「サガらしさ」なのか。
…「サガらしさ」ってナニ?

魔界塔士時代からサガシリーズの主人公って、自分の中では「自分の意思で困難に立ち向かっている」イメージであって、「運命によって導かれていく・自分の力の及ばないものに振り回されている」イメージではないんですよね。
(必ずしも過去のサガ作品全主人公がそうでもないですが)
そこがある意味自分の中で感じているサガらしさであって、私がサガという作品に魅せられたきっと一番の理由だと思っています。
神という超常的な力の介入する余地のない、人の戦い。
魔界塔士の、主人公たちの人物背景にはまったく触れず、野心だけで塔を上っていく主人公が好きだったんです。
殺伐とした1作目と比べてかなり全体的に明るい雰囲気のサガ2の主人公だって父親を追いかけてある日旅立つ、というストーリーはあるにしろ、自分の意思で父親探しと秘宝集めをしてるわけだし。
運命運命言って自分の意思とは関係なく運命に巻き込まれてる自分乙アピールしているのはMSのクローディアくらいのもんじゃないかと。

サガ2でいう「新しき神々」は、人と違う力を持つ超越的な存在というわけではなく秘宝を手に入れた者たちが自称しているというか、目指しているものであってロマサガの世界に出てくる「神」という存在とは明らかに違いますよね。
「ふるきかみがみ」が作った世界を「しゅうり」するために最後に仲間になるあの人は存在するけれど、それ以外に神という存在が主人公たちの生活に深く介入したりはしていないイメージで、秘宝はあくまで世界を修理するための「めがみは バラバラになった」欠片でしかない。

サガ2の世界は、人が認知するような神という絶対的存在のいない世界だと思っていた自分にとっては、
女神、今回の設定では簡単にそこらをほっつき歩いている存在なの?
神いぱーいであの人の名前や立場はどうなっちゃうの?
この世界観に「運命」というワードを絡める意味はあるの?
と、「違和感」を感じてしまうわけです。

でもそれは「自分の思っていたサガはこんなのじゃない」と嘆く、信者ではないただの懐古厨なんだろうか。
作り手が「サガ」というタイトルをつけて出しているのに、サガフロ2~U:サガあたりから出てきた「こんなのサガじゃない」と言って未だにロマサガ4の発売に望みをかけている人たちと一体何が違うのか。

アロン島やオービルがMSでワロン島、ヨービルになったときは、十数年馴染んできた地名にどうしてこんなイミフな変更を!と嘆いても、「本来ワロン・ヨービルだったが当時は容量の都合で使える文字が限られていた」と知ればとたんに納得して受け入れる。
リメイクで新たに入れた要素なのか、それとも本来容量不足で入れられなかった要素なのか、それによって態度が変わってしまう自称信者も勝手なもんです。たとえば自分とか。

元々あの人は自分で「ふるきかみがみの ひとり」と言っているわけだから、元のテキストから解釈する限りでは、GB版のオリジナルでも本来サガ2の世界は神が複数いる世界で、説明できなかったのは単に容量不足だったという考え方もできます。
でもこの人自分で「かみがみ」とか言っておきながら、「かみさま」とは「ちょっとちがう」とも言ってるんですが。
それともその辺の古き神々と彼らの作ったの世界のシステムが、今回ストーリー上改めて語られる新要素になるのか。

本当はもっと話を広げていろいろ書きかけていたんですが、gdgdと長くなったしこの流れなら「プレイするのが楽しみです^^」ときれいにまとまりそうだし、これ以上語ったら逆に収拾つかなくなりそうなんでここらで締めとこう。
ロマサガ4の件についてはもうちょっと語りたいんですが…機会があればいつか。

「『変わること』を恐れないこと」がサガの「変わらない魅力」であるならば、どんなに変わってもそれがゲームとして面白いものであれば、信者はそれを受け入れるだけです。

サガ2は神様のたくさんいる世界でしたが、私にとっての神は河津氏ただ一人ですから。
ほーらきれいにまとm(ryヽ(゚∀゚)ノ

俺…9月18日以降になったら先生ストラップつけた限定デザインのDSiを見せびらかすように電車の中でサガ2プレイするんだ…
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